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レマン湖の西端に面した美しい都市・ジュネーブ。築300年以上の建築が並ぶ石畳の旧市街。
町を歩くと、音楽が聞こえ、チーズフォンデュの匂いがする。道を変えれば、高級時計のブティックが並ぶ。
ジュネーブの街も、ル・コルビュジエと深い関係にあった。

レマン湖沿いの小さな村、コルゾーに建てられた小さな家がある。ル・コルビュジエが長年にわたって働き続けた母のために建てた家だ。
最小限のスペースで最大限の過ごしやすさを追求。太陽が南にあること、さらに山並みを背景に、湖が南に広がっていること。東から西にかけて見渡せば、湖とそこに映えるアルプスの山々が君臨していること。

これらが、この場所でこの家を建築した条件であった。 “勇気と信念の女性”といわれたル・コルビュジエの母は、この家で100歳まで生きた。母はいつも息子ル・コルビュジエに「やるならちゃんとやりなさい」と言ったという。

この小さな家も建築当時、「自然に対する冒涜」として批判されたという。当時は珍しかった真っ白な家を、地元の人々は受け入れることができなかったから。しかし、何を言われても、ル・コルビュジエはこの小さな家を大切に守り続けた。

小さな家の長い窓からは、レマン湖の景色が一望できる。「このうえなく美しく水平線上の、見る権利を誰にも譲れないほど比類のない眺め」この美しい眺めを、ル・コルビュジエは愛する母に贈ったのだ。

この家の建築を計画した1923年という年は、「住宅は生活のための機械である」という有名なフレーズが書かれた年でもある。
ル・コルビュジエにとっての“機械”とはどう意味なのだろうか? 

「ル・コルビュジエにとっての機械とは決してただのモノではなく、人とともにあるモノ。 生きるために必要なモノなのではないだろうか…。」
そして考える。誰かのためにつくるということの意味を。

ル・コルビュジエ (Le Corbusier 1887年10月6日―1965年8月27日)

 スイス生まれ、後にフランス国籍を取得した建築家。
ル・コルビュジエとは職業上の名前で、本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ。フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエとともに、近代建築の三大巨匠と呼ばれている。ユニテ・ダビデシオン、サヴォア邸、チャンティーガール、人間の家… 数えきれないほどの名建築を設計し、故丹下健三氏をはじめ、世界中の建築家に大きな影響を与えた。また建築だけでなく、絵画や彫刻、家具、書籍など、多彩な作品を創造した20世紀を代表する芸術家でもある。近年特にその評価が高まっており、作品は世界各地で多くの人に愛されている。

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適当をテーマとしたブログですよ!

1件のフィードバック »

  1. ○○泰男 より:

    若返りたいのか?

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